見極めたい、“後悔”しないためのこだわり杉並区 税理士
日本では有機塩素系より少し遅れて登場した有機リン系のTEPP(テトラエチルピロフォスフェート。
70年に失効)やパラチオン(71年に失効)が、非常に急性毒性が強く、取り扱い中の事故が相次ぐ。
さらに、日本の稲作の大敵であるいもち病に著効があって、50年代以降、大量に使用されていた酢酸フェニル水銀剤のセレサン(73年に失効)が植物体に浸透し、玄米に残留することがわかる。
これは、水俣病の原因物質であるメチル水銀と「同じ」有機水銀が主食の米に残留しているというので大騒ぎになった。
その時点で、「賢い主婦」たちが反農薬のほうへ流れたのは仕方がなかったかもしれない。
たいていの人は公言しないが知っているように、「賢い主婦」は知的ではないのが普通だからだ。
農薬に溺れた日本農業の特異性日本の農業者が、有機合成農薬に溺れた特異的な理由が二つあると思う(私は農業者という言葉は好きではない。
農民のほうがいいし、百姓のほうがもっといい。
以下、適当に使い分けるが、深読みしてもらっても読み流してもらってもかまわない)。
一つは、すでに述べたように食糧増産が国策として至上の課題だったことである。
行政には、農民が自発的に収量増加のためのノウハウを開発するのを待つ余裕がない。
そこで行政側の研究機関で開発したノウハウを農民に提供していく方針が採用された。
日本農業は近代農学を導入した明治以来、すでにそういう傾向をもっていたのだが、有機合成農薬という新しい資材は、百姓が経験的に蓄積してきた農の知とはかなりかけ離れており、しかも効果は抜群である。
作用機序を学び、施用の時期や量を自ら探求するまでもなく、指示されたとおりに撒布すれば効く。
かくて、百姓は自営とはいいながら、ニッポン農産株式会社の下請けとして、ノウハウはお上に任せてもっぱらOEM(相手先ブランド)生産に従事し、生産物はお上に納品する零細メーカーになってしまった。
基幹作物であり、食管法の主対象であるコメの場合、その性格が著しい。
この生産体制を有効に機能させるように働いたのが、農協の巨大なネットワークである。
余談だが、いまの外圧におびえる日本農業の軟弱体質は、ここに発しているのだ。
もう一つは、日本農業に流れる「上農」思想の伝統である。
上農とは何かという問いに答えるには、次の文章を引けばよいだろう。
「上の農人ハ、草のいまだ目に見えざるに中(なか)うちし芸(くさぎ)り、中の農人ハ見えて後芸(くさぎ)る也。みえて後も芸(くさぎ)らざるを下の農人とす。是土地の咎人なり」お断わりしておくが、こういう姿勢というか考え方が、耕種技術として今日も生きているわけではない。
現代のたいていの農業者は、この完璧除草主義を笑い飛ばすにちがいない。
邪魔にならない草は生えていても支障ないことが理解されてきたからだ。
その反面、邪魔にならない虫や菌類が生きていても支障ないことは、いまでもあまりよく理解されているとは言いがたい。
つまり、完璧防除主義はなお命脈を保っていることになる。
日本農業におけるこの完璧主義は、内なる麻薬中毒だ、と私は考える。
何をいきなり、と言われそうだが、こういうことだ。
アジアモンスーン地帯のどん詰まりに位置する日本列島は、中緯度帯には珍しいほど温暖湿潤で、病源微生物、害虫、雑草(すべて人間本位のネーミングである)の被害を受けやすい。
そのくせ貨幣として選ばれた農作物であるコメは、東日本ではしばしば冷害に脅かされる。
地形的には平地に乏しく、耕地面積を広げるのは容易ではない。
これらの条件が重なって、狭い耕地を集約的に管理し、単位面積当たり収量をできるだけ上げることが農の緊要な目的となった。
そのためには病害虫と雑草の防除は欠かせない作業である。
しかし、病源微生物は肉眼で見えないから手の打ちようがない。
これに対して害虫は目に見える。
懸命な捕殺作業も行なわれたし、神仏に頼ることも無機化学物質や天然有機化合物による殺虫も試みられた。
江戸時代の史料で見ると、無機物では硫黄や雄黄(天然の硫化ヒ素)を用いた煉煙などもあり、これはむしろ殺菌効果があったと思う。
天然有機物は枚挙のいとまがないが、思わずうなってしまうのがトリカブトの煎じ汁だ。
保険金目当ての毒殺容疑で話題になったこの植物の根に含まれる薬理活性成分は、アコニチンというアルカロイド。
LD印が0.12前後の猛毒であり、同時に烏頭、附子という漢方薬の主剤でもある。
作用機序はいまひとつ明らかではないが効いたかもしれない。
しかし、人為を尽くしても完璧な虫退治は不可能だった。
唯一、努力しだいで完全に除けるのが雑草である。
かくて完璧除草主義が生まれる。
言うまでもなく、完璧を実現するためには苛酷な作業を要し、これは激しい生理的ストレスとなる。
当然、生体の防衛機構が働いてACTH(副腎皮質刺激ホルモン)とオピオイドペプチドが大量に分泌される。
このオピオイドが、モルヒネと同じ鎮痛・快感作用をもつ内因性麻薬なのだ。
こうして、苛酷な作業に耐えて完璧を実現すれば快感が得られる、という生体‐脳メカニズムが構築される。
まさに内なる麻薬中毒ではないか。
そういうわけで、下農はお上のいいなりに、上農は自発的に、完璧を期してせっせと農薬撒布に励んだ。
百姓の農薬信仰とでもいうべきこの現象は、1950年ごろから日本全土を覆い、70年ごろまでが全盛、それ以後は信仰的熱狂はいくらか醒めたものの、ほんとうは根拠のない消費者の無農薬信仰と違って、こちらには実効性という根拠があるため、いまも続いている。
農民の悲しみを解消したパラチオン農薬信仰の確立期に、私は農業の現場にいた。
当時の農村地帯では義務教育にしっかり農繁休暇が組み込まれており、中学生になるとほぼ一人前の労働が期待され、農作業に従事する時間は少なくとも現在の二種兼こと農家所得に占める農外所得が農業所得より大きい第二種兼業農家なみだった。
高校には農繁休暇はないが、それでも農業のウエイトが低い二種兼ぐらいは働いたと思う。
その前後6年の「2種兼」のほか、中学校卒業直後の1年は、事情があって私は専業農民であった。
唯一の男手として1.3ヘクタールの水田と40アールほどの畑を耕作したのだ。
ちょうどその年、私の住む地域では有機リン系殺虫剤パラチオンが導入された。
危険な薬だと、かなり脅されたが、脅すほうも脅されるほうも作用機序は知らなかった。
のちに学んだところによると、これはアセチルコリンという神経伝達物質によって作動するニューロン(神経細胞)の継ぎ目(シナプス)で働いて、信号として放出されたアセチルコリンを信号伝達後に速やかに分解する酵素(コリンエステラーゼ)を阻害する物質である。
そのためシナプスにアセチルコリンが貯まってしまい、本来は伝達すべきでない信号を送り続けて、ついには死に至らしめるのである。
困ったことに、このような神経の機構は昆虫もヒトも共通している。
したがって、この殺虫剤は殺人剤にもなる。
とはいえ、脅されたって当時はまともな防具などない。
百姓の雨具はまだゴム引き合羽でさえなく垂裳笠である。
あ、突然思い出した。
蓑笠は何よりも実用の具である。
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